浦賀和宏「生まれ来る子供たちのために」は、すべての非モテがいま読むべき本だと思う。

 とうとう、浦賀和宏の長編シリーズ「松浦純菜シリーズ」が完結した。

 本シリーズの三巻(上手なミステリの書き方教えます)が講談社ノベルスで刊行されたのを一気に読み感動してから2年と数か月、待ちに待った刊行である。

生まれ来る子供たちのために (講談社ノベルス)

生まれ来る子供たちのために (講談社ノベルス)

 この本は今、すべての非モテが読むべき本だと思う。「すべての」と言えば言いすぎであれば、知的生産を志す非モテ、あるいは勉学途上の中学生、高校生、大学生、大学院生の非モテ(専門はいっさい問わない)、これから先言葉で何かを表現したいと考えている非モテ、何にせよ非モテに関わる人、非モテの友人を持つ人、そんな人たちは絶対に読むべきだと思う。願わくばこの本がベストセラーになって、非モテにとっての被害者意識と世間への屈託について、これから誰かが何かを語るときの「プラットフォーム」になってほしいと思う。この論考に賛成するかしないかは別として、浦賀の粘着的な論理による思考がぎゅっと一冊に詰まったこのシリーズが「プラットフォーム」になれば、必ずやその議論は今よりも実りのあるものとなろう。

 浦賀和宏という人は寡作の作家なので、僕のブログの読者では知らない人もいるかもしれないが、一年に二、三度、とんでもなく素晴らしい作品を書く人だ。本書は「安藤シリーズ」以来の、浦賀作品を愛好する者たちにとっては待望の書き下ろしシリーズであるが、その期待を遥かに大きく超えた達成となっている。

 内容について書きだせば、それこそ、どれだけでも言葉が出てくるのだが、あえて今日はそれはぐっとこらえておくことにする。多くの人がこの本を読み、ネット上に意見・感想があふれるようになったら、再び僕自身の考えを書いてみたいと思う。

 一言だけいえば、これから私たちは「非モテの世紀」を生きる。要は勇気がないんでしょとかそういうレベルの話ではない。非モテがかつての儒教思想のように、「道徳思想」として日本の叡智を集積・蓄積していく「普遍思想」になる時代を私たちはこれから生きるのだ、と浦賀は喝破する。そして、そういう時代のモテ以外の非モテの未来、いじめられっこの未来、弱者の未来、という観点からの正義の意味、日本語教育や右翼思想の在り方について、本書で思考を続けていく。とにかく思考が執拗だ。しかもエッセイのように面白い。陰鬱な文章を読むと、その内容が面白いものであっても憂鬱に成り得るのものなのだ、と改めて思った。

 デビュー時代からエヴァに耽溺し「記憶の果て」でデビューした浦賀の問題提起は、「たとえば今日、2008年11月7日、シンジと同じくらいの内省的な自意識を持った子供がキモメンとして生を受けたとして、その子がいじめられて成長した将来、果たして堂々と生きられるでしょうか。自然に卑屈になるのではないですか」ということである。放っておけば非モテの自意識は、「オタク」としては残っても、恋愛を営む「一般人」としてはその輝きを失っていくのではないか。「要は勇気がないんでしょ」とはそういう暴力的な言葉なのだと皆が認識し、いま私たちが何をすべきか考えなければならない。

 この本にこめられた、非モテを愛する浦賀和宏の「心の叫び」が、できるだけ多くの非モテに届くことを切に願う。


 実際の中身に触れずに、本の紹介をするフォーマットとして、上記の文章は便利すぎるので、今後本の感想は全てこれを使っていこうかと思うのだが、そんなことをしていたら衆愚に「これはひどい」というタグをつけられまくったあげく、取締役に舐めとんのかワレとか言われてアカウントを強制的に消されそうなので、辞めておこう。くわばら、くわばら。
 そんなわけで、浦賀和宏の「松浦純菜シリーズ」が遂に完結した。
 いじめられっこで、キモメンの八木剛士くんが、殺人事件に巻き込まれ、特殊な能力に目覚めて、一時はハッピーエンドになるかと思ったが、シリーズが進むに連れて、話はこじれにこじれて、人が死んだり、西尾維新をディスったり、触手プレイをしたり、復讐したり、右翼思想に染まったり、童貞を捨てたり、警察に捕まったり、と読者に嫌な予感を与え続け、最終的には広げた風呂敷をたたんだ後、全力で明後日のほうにぶん投げて、見渡す限り乾いた地面と空だけが広がるとても空虚な場所に着地。もう2008年なのに、いつまでエヴァを引きずる気ですか? と思ったが、俺は大好きだ。
 しかし、好きだからといって他人に勧めようにも全9巻もある上に、その内の半分ぐらいが、キモメンに生まれた非モテの呪詛と、左翼は馬鹿しかいないというDISと、とりあえずセックスしたいという渇望と、新本格は廃れたしラノベは糞だよねという特定のジャンル小説への罵倒で構成されているので下手に勧めると俺の人間性が疑われる恐れがある。
 ただ、非モテが見たやり切れない世界を追体験する為のテキストとしては、これ以上のものは無いと思うし、合間合間に挟まれる作者の本音を交えたであろう様々な方面への罵倒や語り手による一切を赤裸々に語る自虐を悪趣味なジョークの一種として消化できるのであれば、読み応えのあるシリーズであろう。
 興味を持って読み始めようという方がいるのであれば、シリーズ最初の『松浦純菜の静かな世界』でもいいが、個人的には3作目の『上手なミステリの書き方教えます』を推す。単純にシリーズの中で、ミステリーとしても、小説としても、書かれてる内容がシリーズ中で一番酷くて、これを面白く読めれば、残りの全巻も楽しく読めるはずなので、とりあえずどーよ。みたいな感じで。

上手なミステリの書き方教えます (講談社ノベルス)

上手なミステリの書き方教えます (講談社ノベルス)

 日本人全員読めなんて呆けたことを言う気にはならないけど、もし今よりもうちょっと多くの人がこれを読んで、今の俺と同じ嫌な読後感を味わってくれたら、世界はほんのちょっぴりハッピーになると思うんだ。