校則って子供を保護する為にあるんじゃないの?

 クロキャミフ・シコルスキー教祖によってロシア正教から分派し、樺太を通じ間宮海峡を渡って、トカレフ80丁とともに日本にやってきた黒髪ストレート教。教義はシンプル「黒髪こそ至高。ストレートヘア最高。前髪パッツンだったら最強。」
 そんな新興宗教黒髪ストレート教の一信徒の俺としては、NO茶髪! 茶髪の女は即死刑! みたいなことを叫び続ける。そんな頭のおかしい宗教が蔓延するわけがないとお思いの方も多いだろうが、そんなことはない。
 茶髪になった平野綾をデコビッチと名づけて、ネガキャン張ったのも、我々、黒スト教である。
 立ち上がれ、大和撫子! 甦れ、まほろばの心!
 愛は祈りで、俺は祈る。いつか天から俺の所に舞い降りる黒髪の美少女の為に、俺は祈り続ける。

http://d.hatena.ne.jp/kkk6/20090314/1237025838
はてなブックマーク - 茶髪の何がいけないのでしょうか/意味のない校内ローカルルールには断固として反対する - 教えてお星様

それはそれとして、上の流れを見ていたら、茶髪は守る意味がないから破ってもいいってのと、意味が無くともルールはルールだから守るべきだって意見が対立してるんだけど、それはちょっと違わないかと思ったりもする。
 信仰者としての立場を離れた俺の意見としては、頭茶色くたって他人に迷惑かかるわけじゃないし、昔は制限されていた携帯だって、今じゃみんな普通に持ってたりするし、こうやって時代に合わせていろんな物が緩くなっていけば、将来的には合法的に女子高生とセック…………ああ、ごめん。今のは何でもないや、忘れてね。今のは忘れて今週のヤンマガの『喧嘩商売』を読もうよ。
 ただ、学校の立場から生徒の染髪を許可しないのことに全く意味が無いかっていうと、そんなことはないと思う。
 
 まず、残念なことに人は外見で判断されるケースが多い。
 髪を茶色だろうが赤だろうが、金銀パール、何色にしたって法律に触れるこたないし、個人の自由ではある。
 ピアスを開けたって法には触れないし、入れ墨彫るのだって問題ない。 
 しかし、その結果、外見で判断された不利益を被るのは当の生徒である。
 たとえば、ちょっと前にはこんな一件があった。
痛いニュース(ノ∀`) : 「子供の人生が変わってしまった…」 茶髪・ピアスなど外見で不合格になった生徒の親、悔しさと怒り…神奈川・神田高校問題 - ライブドアブログ
 このニュースで、県立高校が悪いというのは簡単だが、似たようなことはいくらでもあるし、このような選別方法は、私立だったら何の問題も無いかもしれない。これに関して、社会が悪いというのは簡単だが、それでも人が外見で判断されるというのは紛れもない事実だ。
 そして、一般的に子供ってのは大人に比べて、判断能力が未熟である。だからこそ、少年法もあるし援助交際だって規制されている。
 茶髪オッケー。君たちは自由だ。ガンガン髪を染めてガンガン頭皮を痛めたまえ。というのは簡単である。ただ、その結果、世間の大人から色眼鏡で見られるのは、その髪を染めた子供たちだ。そういったことを理解し、覚悟した上で染めるなら、別にかまわないが、そのことに関して適切に判断出来ない生徒だっているはずだ。 
 もちろん、適切に判断出来る奴は出来るだろうけど、出来ない馬鹿はどうしたっている。そして、最終的に割を食らうのはその馬鹿である。
 だからこそ、大人は子供を守るために、そして生徒間の差別を作らせないように校則を使って一律に生徒の髪の色に制限を加えなくてはいけない。
 ただ、ある程度大人達の信頼を得られている場合は、生徒達にもそれなりの自由が与えられる。そういった意味で馬鹿校よりもレベルが高い進学校の方が校則が緩いことが多い。
 だから、校則ってのはただ単に生徒を縛りつけるだけじゃなくて、生徒を守るという効果もあるという意味合いについても考えて欲しい。
 


 ってのが教育者サイド視点からのお為ごかしでしょうか。
 これ以外にも学校側の都合がもっとあると思うけど、校則で染髪を禁止するのは全く無意味かっていうと、そんなことはないと思います。

 まぁ、俺は最初に言ったとおり信仰上の理由により、黒髪ストレート以外の女性はどうでもいいし、中高生諸君は好きな色に染めて、その結果生じた不利益を、「髪を染める奴が悪い! 自己責任だ!」という心ない連中の心無い言葉で一蹴されたりすれば良い。
 俺はただ祈り続ける。俺の元に栗山千明が現われて、俺の尿道にアイスピックが刺し込まれる日を夢見て、俺はただ祈り続ける。