誰がための物語

 『君のための物語』は電撃文庫で、『あなたのための物語』はハヤカワのJコレクション。『あなたの人生の物語』だとJコレじゃなく青背になってしまい、「人の為の物語」と書けば講談社BOXの『偽物語』であり、そのシリーズ第1作目『化物語』のテーマソングが『君の知らない物語』で、TKプロデュースの未来玲可のデビュー曲は『海とあなたの物語』。さて、ここで問題。今俺は「物語」って何回言った?
 正解は、














 一回も言ってませーんwwwww言ったんじゃなくて書いたんですーwwwwこれblogですからーwwwwww
 さて、それはそれとして、俺は俺のための物語を書かなきゃいけない、というのは、かくかくしかじかで、「文学フリマで同人誌出すから何か書こうぜー」「うんいいよー」「じゃあ、ここにサインしてー」「うんいいよー」「じゃあ、締切までに原稿持ってこなかったら三万円な」「…………え?」というわけで、金額が中々生々しく、サインをしてしまった以上、いつものように、旅に出たり、腹痛を起こしたり、故郷の伯父に死んでもらうわけにも行かず、何かしら書かなければならない流れなのですが、いざwordを立ち上げてディスプレイに向かう事30分。依然として真っ白なままのディスプレイを見つめ、文章書けずに冷や汗をかくとか上手くも何ともないことを言ってるばやいじゃない。こいつぁやべえ。というわけで、手元の本を適当にパクろう。ハハハハ、全ての創作は模倣から始まるのだよ。
 そんなわけで手元にあった本から文章をちょっと拝借。

「ああン……ッ、ダメぇ……ッ! 翔平。ホントにダメだったら、ダメよッ! こんなところで見えちゃうッ! 見えちゃうわッ!」
 結局はヨガリ泣きしてしまうのだった。
 どぱどぱどぱぱぁぁンンンッ。びゅっくッ、びゅびゅびゅるるるッッ。

 …………違うなぁ。松平龍樹の地の文でも臆せずにオノマトペを使うやり方は嫌いじゃないけど、オレが書きたかったものとはちょっと違うなぁ。「――!!!――」に『カックラキーンッ!』というルビを振ったりするセンスは痺れるけど、何かが違うんだよなぁ。たったこれだけの文章で何をやっているかが的確に伝わるってのは凄いと思うんですけど、今俺が求めているのはそういうものではない。何が悪かったんだろうなぁ……
 うん、やはり、剽窃でどうにかしようというのがよろしくなかった。自力で書こう。
 しかし、このままでは到底書けっこないので、そんなわけで、気分転換にネットをやろう。というわけで、2chで煽ったり、ニコニコでAAを打ち込んだり、天鳳で麻雀を打ち、増田で釣りエントリを書くなどして時が経つこと4時間。よし、今日はもう眠いから明日頑張ろう! と思ったところで、増田でこんなもんを見つける。

5分で物語を作れるにようになるコツ

 おおっ、これは! アレか! たった一日五分やるだけで、テストも高得点、部活でも大成功で、幼なじみの女の子と付き合えるというアレか! 我勝てり! アイハヴァウィン! などと言ってみたものの中身を見ると、えーっていう感じがして、ガックリ。何だろう。サッカーで強烈なシュートを撃つコツとして、「ボールを足の甲で蹴る」って言われたような感じがする。あるいは、モテるのためのアドバイスとして、「自分から話しかける」みたいな。問題はそっから先じゃないか。そういうのは、知ってるんだ。問題はそれからどうやったら上手くいくかじゃないですか。俺が知りたいのはどうやったら、ミューラーを吹っ飛ばしたり、ナオンをホテルに連れ込んだりできるかって話なんだよ。俺が知りたいのは、『シュートの寸前に地面に足で蹴りつけることで反動を得てシュートを撃つ』とか『とりあえず紫の下着をつけてる女は鉄板』っていう具体的なアドバイスなんだよ! ok?
 しかし、これは名も無い増田などに頼った俺が悪い。やはり頼るんだったらそれなりに名前のある奴に頼もうというわけで、本棚を漁って持って来たのが、みんな大好き大塚英志
 だが、たとえみんなが大好きでも、俺は嫌いなので、地面に叩きつける。大体こいつの言ってるカリキュラムを実行している時間は今回はない。
 よし、ここはいさぎよく、夜逃げの準備をしようと思ったが、三万円の為に夜逃げはなぁ。絶妙な額だなぁ、三万。PS3買えるしなぁ。
 さて、どうすんべか。よしっ、ここは初心に戻って、いさぎよくパクれそうな作家を探そうということで、再び本棚を漁っていたら、出てきたのがカート・ヴォネガットの短編集『バゴンボの嗅ぎタバコ入れ』。長編はメジャーでも短編はマイナーなヴォネガット。これはいける! と思って、どれにしようかなと、ペラペラページをめくっていたら、冒頭にあったのがヴォネガットが創作講座をやっていた時代のアドバイス
 せっかくなので、書き移してみる。

 さて、お耳を拝借。これが創作講座初級篇である――


 1 赤の他人に時間を使わせた上で、その時間はむだではなかったと思わせること。

 2 男女いずれの読者も応援できるキャラクターを、すくなくともひとりは登場させること。

 3 たとえコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにもなにかをほしがらせること。

 4 どのセンテンスにもふたつの役目のどちらかをさせること――登場人物を説明するか、アクションを前に進めるか。

 5 なるべく結末近くから話をはじめること。

 6 サディストになること。どれほど自作の主人公が善良な好人物であっても、その身の上におそろしい出来事をふりかからせる――自分がなにからできているかを読者にさとらせるために。

 7 ただひとりの読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓をあけはなって世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう。

 8 なるべく早く、なるべく多くの情報を読者に与えること。サスペンスなどくそくらえ。なにが起きているか、なぜ、どこで起きているかについて、読者が完全な理解を持つ必要がある。たとえばゴキブリに最後の何ページかをかじられてしまっても、自分でその物語をしめくくれるように。

 ふむ、悪くない。決して悪くないぞ。
 それなりに具体的で、精神論も加わったいいアドバイスじゃないかしらん。個人的には2、3、6が重要だと思うのですが、いかがでしょう。面白い漫画や小説がこれを守ってるかどうかは知らないが、つまらない物語はこれらを結構破りがちな気がする。
 もっともヴォネガットはこれを金科玉条の鉄則であるなどとは言わず、フラナリー・オコナーを持ち出し、

彼女はわたしのこのルールを、第一条だけを除いて、ほとんどかたっぱしから破った。偉大な作家はそうする傾向がある。

 と、書いているが、別に俺は偉大でもなければ作家でもないので気にする事はあるまい。
 オッケー完璧。俺ちゃん大勝利。左手を頭上に掲げ右手でハイタッチ。とってもマヌケなポーズだが気にしない。
これらを心がけて、毎日チビチビ書いていけば、それなりにどうにかなるんじゃなかろうか。と改めて8つのルールを見返した所で目が泳ぐ。


 ただひとりの読者って誰だ?


 ヴォネガットは自分が書いた小説はどれも亡くなった姉のために書いたと言っている。しかし、俺にはそんなものはいない。家族? 昔亡くなった金魚とハムスター? 中学の頃の部活の友人? 高校時代に好きだった女の子? 
 どうにも思いつかないので、頭を真っ白にして思い浮かべてみるが、俺の頭の中はディスプレイ同様、いつまで経っても真っ白なままで。
 「誰かいるだろう、誰かいるはずだ」と呟いてみるが、その声はどこにも届かず、物語はいつまでも俺の中に沈みっ放し。とにかく、私は何かを思いつく為にそれらしい小説のタイトルを挙げてみようとして、以下、冒頭へ続く。