モゲマス女衒日記 青春編

 年末から年明けにかけての約一週間弱、僕はモバゲーの『アイドルマスター シンデレラガールズ』にどっぷりと浸かった。 頭の先から足の踵までアイマスに無我夢中だった。
 例年だったらとりあえず正月にはblogに適当な更新をして
「今年は毎日blogを更新しています、えっへん」
 などとしょうもない自慢をしているのに、それすらしないほどにハマりこんでいた。
 しかし、それだけ病みつきになっていたにもかかわらず、僕はゲーム始めてからわずか一週間で引退を決意することになる。
 別に飽きたとか空しくなったとか、そういうわけではない。
 可能であるならば一日中だってモバマスをプレイし続けたい。
 だが、好きなだけでは続けられないことがあるものなのだ。

 そもそもの始まりはtwitterのTLで「モゲマス」という単語を見かけたことだった。
 一体何がもげるというのか。インド人留学生が初めてのピンサロで言いそうなこの単語に思わず興味を示してしまったが、話をよく聞いてみれば何のことはない。
 モバゲー版のアイドルマスターのことであった。
 モバゲーといえば、薄汚い大人たちが、主婦や男子中高生の財布の中身を狙い、暇を持て余した大学生が女子中高生をスカートの中身を狙うことで有名な腐れ有害サイトである。
 そんなろくでもないサイトの話題を平気でtwitterで流すとは…………ステマか! 
「モッピー知ってるよ。ステマステルスマーケティングの略だってこと。」
 どちらかといえば、モッピーの存在の方がステマっぽいのだが、それはさておき嘆かわしい話である。ああ、いやだいやだ。かつては高い志を持った者たちが集まり、社会や周囲からの視線や圧力を気にすること無く、己の考えを自由闊達に発言できる場所であったはずのインターネットが、結局企業から金をもらって好きでもないものを褒めちぎる場所になるなんて。
 まぁ、これも仕方ない話だ。幼年期はいつか終わる。君たちはそうやって怪盗ロワイヤル(笑)と同列のゲームに時間とお金をジャブジャブ注ぎ込んでいるといいさ。僕はもっとその時間を有意義に使わせてもらうよ。
 そうやって冷め切った視線を向けていたのだが、ある時状況が一変する。
 アニメのアイドルマスターが最終回を迎えたのだ。
 アニマスは、25話の中に13人のアイドルの魅力がギュッと凝縮された素晴らしい作品だった。
 最終回を見終えたあと僕の心は一部が欠けたように感じられた。
 その欠落をモバゲーなんぞで埋めていいのか?
 断じて否。モバゲーなんぞ死んでもやるまい。
 だが、モバゲーはアニメ視聴者の心の欠けた部分がどのような形でも補填できるように、新規アイドルを100人近くも投入してきたのである。しかも、その多くが据え置きゲーム機の主役にするには難点がある問題児ばかりをだ!


 花の都モバゲーのアイドル界!!その特色は……
 不気味な色物アイドルが圧倒的に多いことである!! 
 たとえば当時の人気レスラーは……

 椎名法子!! 手のつけられないドーナツ狂!



メガネ女! 上条春菜! 蛍光塗料をメガネに塗ってあるため、彼女の登場のときだけ場内の照明すべてが消され、蛍光塗料のみ光ってメガネが浮かんでいるようにみえる!


ザ・上田鈴帆!! バラドル志望と称し、熱々のオデンを身体にかけられたが、奇跡的に命をとりとめ、そのさい全身に大ヤケドしたキズあとを着ぐるみでかくしているという!


そして、それらのアイドルを駆逐するのが、人間山脈・諸星きらり

 デカァァァァァいッ説明不要!! 1m82!!! 60kg!!!
しかもこの外見で発言の内容が「にゃっほーい! きらりだよ☆あれあれ? お仕事でお疲れなのかなぁ? きらりんのきゅんきゅんぱわーで心も体もスッキリさせちゃうよ! せーの、きらりん☆」「おっすおっすばっちし!」とかで、「あれ身体ばっかり栄養が行って、オツムには行かなかったのかな?」と言いたくなるが、そのギャップが可愛らしい。セントバーナードを、知能とサイズそのままに擬人化したような女の子である。イイネ!
 …………いやいや「イイネ!」じゃないよ、所詮モバゲーだよ、ガキと主婦がやるもんでしょ、あれ。ちょっとアイマスが終わって寂しいからって大の大人が軽々しく手を出すようなものじゃないよ。そんな風に思っていた僕は、2chまとめサイトで、僕の運命を大きく変える女性と出会う。


  太い女であった。
  頭が太い。
  首が太い。
  肩も太い。
  腕も太い。
  胸も太い。
  腹も太い。
  呼吸までもが太い。
  三村かな子。太い名前である。

 身長 153cm 体重 52kg
 B−W−H 90−65−89
 趣味 お菓子作り

 いくらでも設定を都合よく捏造できる二次元のキャラなのに、この生々しい数字。
 微妙にふっくらしているのに、可愛さが失われていない、この絶妙なデザイン。
 最近のアニメでは「肉」呼ばれる人気キャラが登場していたが、彼女よりもかな子の方が格段に「肉」である
 僕はこの娘を見た瞬間に決意をした。僕はこの少女を幸せにしなくてはならない。
 もうベイスターズのことは忘れようじゃないか。どうせあの球団は何をやったって今後も最下位を守り抜くだろう。さぁ、モバゲーを始めようじゃないか。
 かくして、また一人のオタクがモゲマスの世界に足を踏み入れた。


一日目
 早速ゲームスタートである。
 主なゲーム内容は、怪盗ロワイヤルなどの他のモバゲーと大差ない。
 地道にお仕事を繰り返し、アイテムやアイドルをかき集める。
 強いアイドルが集まったら、他のプレイヤーに勝負を仕掛け、相手からステージ衣装を奪い取るという情け容赦ない内容になっている。物理で殴って衣装を奪う。わかりやすくて良い。何故アイドルが他人の衣装を奪うのかは永遠の謎である。
 この奇妙な仕様からTL上では羅生門オンラインとも呼ばれていた。

 勝負の要となるアイドルは、一日一回だけ引かせてもらえる無料のガチャポンや、お仕事をこなした報酬として手に入るが、このような手段では、強いアイドルはあまり手に入らない。
 もちろん課金をして一回三千ペリカのガチャを回したり、友人をゲームに招待するなどの手段をとれば、強力なアイドルが簡単に手に入れることができる。
 だが、そういうのは運営の掌で踊らされているようで嫌だった。ゲームのことはゲームの中で解決するべきなのだ。
 それに僕の目的は強いアイドルを集めることじゃない。かな子を幸せにすることだ。地道に携帯のパッドを押し続けた。
 かな子は出てこない。

二日目
 大学時代の友人に忘年会に誘われたので、「一緒にモバゲーやろうぜ! 超面白いよ!」と誘ってみた。
 あっさり断られた。
 断られながら、他人を誘うことで報酬を得られる形態はマルチ商法と大差ないよなぁと思った。
 かな子は出てこない。

三日目
 かな子がようやく出た。
 念願のかな子。
 太く愛らしいかな子。
「犬紳士(仮)さん、はじめまして、三村かな子です。私なんて何の取り柄もないのに、本当にアイドルになれちゃうんですか……? ちょっと信じられないですけど……でも、信じてみます……!」
 わかった、かな子。約束しよう。僕は必ず君をトップアイドルにしてみせるよ。俺が信じるお前を信じろ!
 これでようやくスタートラインに立つことができた。
 まずは、彼女を中心とするユニットに相応しい名前を考えなければいけない。
 しばらく考えた結果、昔読んだ小説のタイトル『豚の島の女王』とした。
 別に小説の内容は全く関係無く、あまりユニット名らしくないのだが、かな子を一目見た瞬間に、この言葉が思い浮かんでいたのだから仕方ない。
 というわけで、トップアイドルを目指し、かな子をリーダーとする『豚の島の女王』が始動した。

四日目
 早くも問題が生じる。
 うちに所属するアイドルが地味な上に弱いのだ。
 他の人々は、春香や真、あずささんなどの人気アイドルを抱えこんでいるのに、うちにいるのはぽっと出の弱小キャラばかり。
 アイマスをよく知らない人のために野球漫画『ドカベン』で例えると、他のプレイヤーは岩鬼殿馬を持っているのに、僕のところには石毛や仲根しかいないのである。
 『ドカベン』をよく知らない人のために『ドカベン プロ野球』で説明すると、他のプレイヤーは清原や渡辺久信を抱えているのに対して、僕のところには兵働とか瓢箪しかいないのである。
 『ドカベン プロ野球編』をよく知らない人のために『ドカベン スーパースターズ編』で説明すると…………ああ、このパターンもういいっすか、そっすか。そっすね。『ドカベン』自体もういいやって感じですもんね。まぁとにかく、うちのユニットには華がないよね。華がないってアイドルとして致命的よね。せめて微笑三太郎クラスは欲しいわ。
 そんなわけで四日目にして、twitterで「何をやっても結局課金勢には勝てっこないので糞」と愚痴を呟いていたら、その様子を見ていた、しねまち君(id:cinematic)という小洒落たメガネのいけ好かない男がこのようなことを呟き出した。

モバマスはというよりソシャゲは無課金でも強い奴がいるので課金勢が一概に強いとは言えない。頭と最低限のコミュニケーションを使えば対応ができるくらいには強くなる。鴨になるか鴨にするかはお前の頭の程度次第。

 一瞬カチンと来たが、彼の言い分には一理ある。
 モゲマスは多くの人間が同時に参加するソーシャルゲーム。ただ画面とにらめっこしているだけでは話にならないのだ。しかし通知表に「やや内向的なところがあります」と書かれ続けた、僕のコミュニケーション能力でどうすれば良い。
 こういう時はとりあえず2chである。よくわからんことは2chで調べよう。何か間違いがあっても匿名だから安心である。
 そして、簡単な攻略手段を捜しに行った僕は、とんでもない光景を目の当たりにする。
 2chのトレードスレでは、アイドル達がスタミナドリンク、通称スタドリというアイテムを通貨にしてやり取りされているのだ。
 スタドリとは、仕事で消費されたアイドル達のスタミナを瞬時に回復させ、またすぐに仕事ができるようになるシャブみたいなもんである。ちなみに課金すると、一本1000ペリカで買うことができる。
 元々貧乏性だったので、アイテムの使用をケチっていたが、まさかこのアイテムが貴重なアイドルと交換できるとは……!
 課金しなければ手に入らないと思ってた、あの人気アイドルが僕のところにもやって来る。そう思った直後、僕の側にいた伊織がこのようなことを言い出した。

「ニーサン! ニーサン! 僕は等価交換の法則を打ち破る新しい法則を思いついたんだ。10もらったら自分の1を上乗せして11にして次の人へ渡す。小さいけど僕達が辿りついた『等価交換を否定する新しい法則』。つまり他人からアイドルを10で買い取って、それを他の人に11で売り飛ばすアルね。これ繰り返せば、あたしたち大金持ちになれるアル。わかった!? このバカ犬!」

 色々混ざっているが、真理である。安く仕入れて高く売る。古くからの商いの論理によって、無限に上昇する螺旋階段を昇り続ければ、大量にレアアイドルをかき集めている課金プロデューサーにも勝つことができる!
 早速僕は当面の活動資金を手に入れるために、アドバイスをくれた伊織をスタドリ一本(1000ペリカ)で売り飛ばした
 かくして、課金勢を倒すために僕の女衒生活が幕を開ける。
 だが、その時の僕はこの先待ち受けているものが、昇るどころかただ堕ちて行くだけの餓鬼道だとは気づいていなかった……。

PREVIEW
NEXT EPISODE

「モバゲーとかやってる奴、情弱すぎwwwマジ受けるんですけどwww」と2週間前まで爆笑していた犬紳士(仮)プロデューサー。
 ところが『アイドルマスター シンデレラガールズ』の新アイドル三村かな子の魅力に2秒で陥落した彼は、急にネクタイを締めなおすと「君子豹変すって言うよね?」「昔から、男子三日会わざれば刮目して見よ。って言葉があってさ」などと、己の転向を誤魔化そうとする。
 しかし、三村かな子は手に入れたものの、中々強いアイドルは手に入らない。
 傷心と孤独に苛まれたガロードは、驚くべき行動に出るのであった。

 第七話
「アイドル、売るよ!」