清涼院流水はマス大山スタイルの継承者である

 前回までのあらすじ:オフ会で集まったblogger達に、「君たちは最近ちっともblogを更新しないからダメだ! そんな君達のために僕が良いことを考えた。今からボウリングをやって、負けた奴がこの本の感想文をblogにアップしたまえ」と言ったら、案の定発案者の俺が負けたし、「ボウリング全然自信無いわー」とか言ってた人物が平然とスコア100を上回っていたので皆死ねば良いし、「わかったよ! 書けばいいんだろ、書けば!」と半泣きで豪語した俺も二ヶ月以上放置していたので大概である。

 というわけで、晴れて罰ゲーム用に選ばれた本はこちら。

清涼院流水の小説作法

清涼院流水の小説作法

 世に小説の書き方を教える本は星の数ほどあれど、これほど「お前などから何も学びたくはない」と感じさせる本はそうそうないし、「そもそも流水さんが書いているのは「大説」じゃないですか。何でそんな人が小説作法なんぞ教えるのですか?」と思っていたら、ちゃんと冒頭の時点で、

本邦初の「大説家が小説の常識のすぐ外側から客観的に小説について語った本」なのです。

と書かれており、フォローはばっちりである。
 さて、ではその大説家による小説指南はどのようなものなのか。書いている本の内容から考えれば、だいぶ気の違った内容が予想されるが、結論だけ言えば、普通に真っ当なアドバイスである。
 問題はその内容が、本当に何の変哲も無い「普通」であることだ。
 たとえば「ダイエットをするために、どのようなことをすれば良いのですか?」と聞かれた際に、「間食や甘いものを控え、適切な運動を心がけ、規則正しい生活を送ることです」と答えるのは正しいアドバイスだが、もうちょっと具体的な内容を教えて欲しいと思うことだろう。それで金を取っているとしたらなおさらである。
 本書の内容も、小説を書くにあたっての心構えなどについては色々書いているが、「何よりも重要なのは小説を書く情熱」とか「常識に縛られている限り、自分の能力未満のことしかできません」とか、誰でも言えるようなことばかりの内容が書かれており、こうした事をあたかも秘伝の如く語る手腕は、流石最近は自己啓発関連方面に手を出しているだけのことはあるなと関心させられる。
 そして、具体的な技術に関しては大してページが割かれておらず、「どのようにすればオリジナリティが出せるか」という問いに対しても、「古典小説の名作や現代小説の人気作を読んで、まずは魅力的な小説の「定跡」とも言えるパターンを学ぶことです。」と、何の面白みも無い正論を披露している。いや間違ってないけど、その定跡を具体的に教えるのがこの手の本のするべきことで、「どうすればホームランを打てるようになりますか」という問いにたいして、「毎日素振り千本すればええねん」ってのは正しいけれどもやはり違うだろう。
 そういった意味で、この本を読むのならば他にいくらでもまともな指南書がある。
 だが、本書にとって「小説作法」など些細な事に過ぎない。
 この本の真の凄みとは、内容の八割を占める流水先生の数多の武勇伝と出版業界へのDISにあるのだ!
 その自らの偉大さを語る際に、本書でよく見せる技が、「実在の有名人を引き合いに出す」というものなのだが、その無理やりさが凄い。
 たとえば「世界的な作家との意外な繋がり」という章で流水は村上春樹との運命的な繋がりを語ってみせる。

 ぼくは兵庫県西宮市にある甲陽学院という中高一貫校の出身なのですが、中学1年生の時の全校集会での教頭先生のお話は、ぼくの人生において、永遠に特別な意味を持つものとなりました。
「今、大ベストセラーとなっている『ノルウェイの森』という小説の存在は、みなさんも知っていると思います。実は、あの本の作者・村上春樹さんは、甲陽学院の前・教頭である村上先生のご子息なのです……」
 それは、同時代を生きる小説家を、ぼくが人生で初めて身近に感じた瞬間でした。ぼくがそのように意外な形で初めてリアルに意識させられた作家とは、今や現代世界文学の頂点に「生きた伝説」として君臨する、あの村上春樹さんなのです。

 繋がりも何も全然無関係じゃねえか!
 当時の教頭が春樹の親父だったぐらいならともかく、前・教頭ってもう一切関係ないだろ。「生きた伝説」にリビング・レジェンドとかルビを振ってる場合じゃないよ、馬鹿!
 他にも俺の外見は羽生善治に似ている。とか、清原選手には僕の名前と同じ「清」という字が入っているので親近感が湧くとか、色んな形で自分と有名人との繋がりをアピールしていく! どうでもいいよ!
 また、出版業界へのdisも縦横無尽に冴え渡っている
 自分の才能を出版業界では理解できなかったと嘆き、売れっ子の作家に対しては、

長期間に亘って小説界に君臨している名のある小説家は、ほとんどの場合において、政治力に優れている人達です。

 と痛烈に批判を浴びせる…………ってそれ春樹じゃん! お前が小説家の存在をリアルに意識させられたリビング・レジェンドじゃねえか!? エルサレム賞とかもらってんぞ、あいつ!
 そうして出版業界を批判し、自らをアゲアゲに上げていく姿勢は、薫り立つような自尊心とルサンチマンに溢れている。その一例をまとめて紹介させていただこう。

「俺コズミックの時に松尾芭蕉の架空の直筆手記書いたら、批評家に散々馬鹿にされたけど、その後、すぐに松尾芭蕉の未発表手記が発見されて、批判してくる奴ら黙らしてやったわー」「俺昔『カーニバル』っていう世界最長のミステリー書いたわー。けど、その手柄を二階堂って奴に取られたわー、ミステリ界マジクソだわー」「昔『成功学キャラ教授』って本出したけど、講談社BOXから出したせいで全然売れなかったわー、展開の仕方ミスったわー。文芸畑では黙殺されたけどビジネス本業界では受けてたし、ちゃんとした形で出したら『もしドラ』ぐらい売れたわー」
 この溢れ出すミサワ臭はどうだ。ちなみに流水先生は大人なので、愚痴を言う際は実在の人物名や固有名詞はボカして書いており、俺が勝手に補足しています。為念。
 まあ、そんな流水先生の愚痴と自慢話に辟易しながらも、読み進めるにつれて俺はいつのまにか何か懐かしいものを感じてしまった。そう、この感覚はあれだ、大山倍達の自伝・エッセイを読んでいる時の感覚だ!
 日本の空手界を批判しながらも、自らを武蔵に譬え、海外での活躍と極真の未来を語るマス大山

世界ケンカ旅 (徳間文庫)

世界ケンカ旅 (徳間文庫)

 婦女子を襲うGIを叩きのめし、海外の2メートルを超える大男たち相手に武者修行。戦後という混沌とした時代を背景にした、大山倍達のお伽噺のような武勇伝が、現代にこんな形で甦るとは!
 そう考えれば「20代の頃に一般のサラリーマンの生涯年収を稼ぐほどの成功を収めたぜ〜。当時稼いだ金は寄付や他人のために気前よく使ったぜ〜。ワイルドだろ〜」という自分の偉大さと人情味と男気をアピールするエピソードなんかいかにもマス大山っぽい。
 そして何より、つまらない常識に縛られている文芸界を批判し、自己啓発やビジネス系の方面に流れていった流水先生の姿は、ダンス空手を批判しフルコンタクトを布教していったマス大山に瓜二つではないか!
 その流水先生は更なる新天地を目指し、TOEICで満点を取って英語学習本を出したいとか、大村純忠とルイス・フロイスを主人公にした歴史小説を出したいとか、新たなる可能性に挑戦している!
 別にどうでもいいな!
 というわけで罰ゲームのつもりで買って読まされた本ですが、意外と楽しめたのでお勧めします。ブックオフの100円コーナーに置いてあったら、即買いでしょう。小説指南を期待して買うといつものように壁に投げつけたくなるので、ちゃんとした小説の書き方を学びたい人は、流水先生もリスペクトしているらしいクーンツの本でも読んでください。