『ダークナイト ライジング』、あるいはテロルとヒーローの話

 『ダークナイト ライジング』を観て、色々何だかなあと思ったので、何か書こうと思った。当然ネタバレはある。


・うろ覚えなあらすじ
 正義の弁護士、ハーヴェイ・デントがバットマンにぶっ殺されたという既成事実が作られてから、早八年。ゴッサムシティはデントの名前を冠したデント法により、秩序が保たれていた。デント法がなんなのかはよくわからない。一方バットマンことブルース・ウェインは、デント殺害犯扱いされるわ、惚れてた女が殺されるわ、長年の戦いによるムーンサルトプレスの多用で膝がボロボロになるわと散々だったので隠居していた。金持ちのみに許されるアーリーリタイアだ。
 そんな平和なゴッサムに現れた今週の新悪人がベイン。ラーズ・アル・グールに関係しているらしいのだが、俺が『バットマン・ビギンズ』を見ていないので、わりとどうでもいい。
 で、そのベインがゴードン刑事を病院送りにするし、ブルースはブルースで、こそ泥女の猫娘、セリーナ・カイルに指紋つきのネックレスを奪われるわで、ゴッサムに危険が迫る。
「やばいわー、これは俺が何とかしないといけないわー」と奮起したブルースはバットマンとして、活動を再開。それを観た執事のアルフレッド、旦那様が無茶をしてはいけないと「普通に女捕まえて、ヨーロッパとかでまったり過ごしましょうよ」と説得するも、正義感に燃えるブルースはまったく聞き耳持たず。しょうがないので、アルフレッド「お前が八年前に惚れてた女いたじゃん、あいつ実はお前のこと大して好きじゃなかったらしいぞ」と衝撃のカミングアウト。「だから、あの女のことは忘れて、新しい女捕まえて大人しく暮らしなさいよ」と説得が続くのだが、どう考えてもそいつぁ逆効果だ。かくして、バットマンはすっごいつよくてかっこいいバイクや新型オスプレイに乗って、証券取引所を襲撃したベインを追いかけるも、逃げられてしまう。
 悪人にも逃げられ、しかも会社の業績は傾き気味。ブルースは憂さ晴らしに勝間和代に良く似た女を連れて、ゴッサムの地下で密かに建設していた核融合炉を自慢する。
「HAHAHA! どうだいこのクリーンエネルギーがあれば、大都市のエネルギー問題なんて二秒で解決だぜ!」
 個人で勝手に大都市の地下に核融合炉とか、『東京に原発を!』と言った広瀬隆でもドン引きなキチガイ沙汰だが、ガツンと言われた勝間はあっさりメロメロ。そのまま二人はベッドイン。久しぶりに女を抱いてご満悦のブルース。
 しかし、好事魔多し。ベインの証券取引所襲撃の真の目的は、セリーナに盗ませたブルースの指紋を利用することで、ブルースを破産させるというものだった。
 ベインの目論見通り、破産するわ、社内でリコールを突きつけられるわ、こんな時に一番頼りになるアルフレッドは不在だわともうボロボロ。
 しょうがないんで、バットマンとしてベインを捕まえるわーと敵のアジトに乗り込むも、相手はジョーカーと違ってガチムチ体系のベイン、殴り合いの末、バックブリーカーでフィニッシュされるという原作再現……八年間のブランクは大きかった。
 バットマンを倒したベインは、バットマンをインドのどこかにあるという刑務所っぽい穴倉に放置して、再びゴッサムへ。
 バットマン無き後のゴッサムで、ベインはもうやりたい放題。ゴッサムの全警官を下水道に閉じ込める、ブルースの会社が作ってた武器を奪う。さらにブルースの馬鹿が作った核融合炉を中性子爆弾に改造して、この街から誰か一人でも逃げる奴がいたら即爆破宣言。核を持ってる相手では国も軍隊を動かすわけにいかない。ゴッサムオワタ\(^o^)/
 そんな状況下、ブルースは背骨を折られた痛みに苦しんでいた。いくらバットマンがヒーローとはいえその正体は普通の人間だ。背骨を折られていたらどうしようもない、どうするブルース。外骨格か? やはり強化外骨格でリベンジか!? とワクワクしていたら、同房のおっさんがこれ背骨ずれてるだけだから治せるよ、とあっさり。背骨折らないなら、思わせぶりにバックブリーカーとかすんじゃねえよ! そんな俺の怒りとは無関係に、おっさんがブルースを縄で吊るして秘孔を突くという怪しげなカイロプラティックで三ヶ月経過。
 おっさんの甲斐甲斐しい介護によって背骨は完全に回復し、何故かボロボロの膝まで曲がるようになったブルース。あとは脱出するだけだ! だが、洞窟の出口は井戸の如く天井にぽっかり空いた巨大な穴のみ。いったいここの連中は食料や電気の供給どうしてるのだろう? そんな疑問が湧かないこともないが、それはともかく、ここから脱出するためには壁をよじ登らなければいけない。
 かくして命綱を装備して壁を登るブルース。それを観てよっぽど娯楽に飢えているのか「デシデシ! バサラバサラ!」と謎のコールを投げかける洞窟の住人。最後の大ジャンプに失敗し落ちるブルース。命綱に助けられるブルース。壁にリベンジを誓うため腕立て伏せをするブルース。それを観て「かつてあの壁を登った奴が一人だけいる。そいつはまだガキでなあ……」と重大な伏線っぽいことを語るおっさん。再び壁にチャレンジするブルース。「デシデシ! バサラバサラ!」と盛り上がる住人。やっぱり落ちるブルース。何がダメなんだと嘆くブルース。お前の心の問題だよと精神論を説くおっさん。さらに「命綱外してチャレンジしろ」ととんでもないアドバイスをするおっさん。それを真に受けて、ブルース命綱を外してのサードトライ。「デシデシ! バサラバサラ!」と盛り上がる住人。命綱を外して頂上付近の崖で、これまで二度失敗した大ジャンプに再度チャレンジするブルース! 見事成功! ブルースの脱出に住人も大喝采。観客も思わず「デシデシ! バサラバサラ!」
 やった! ブルース! これこそダークナイトライジングだ! こんなんでここまで盛り上がるんだから、海外版『SASUKE』の成功も間違い無しだ! だが、問題はこれからだ。果たしてビザもパスポートも所持金もカードも無い状態で、どうやってインドから完全に封鎖されたゴッサムへ帰還するのか。とりあえずインド大使館に行って事情を説明するのだろうか……と思ったらここらへん完全カットで、あっさりバカンス帰りみたいな面してゴッサムに戻ってくるブルース。適当だ! 流石朝から肉食ってる奴らの発想は違うな! 何はともあれ、洞窟の人達には散々世話になったのだから、当局に通報して助けてやってほしい。
 で、ゴッサムに舞い戻ったバットマン。帰ってきた仲間と再会し、どうにか核爆弾を取り戻さなきゃなあ、作戦練らなきゃなあと思っていたら、あれ元々爆弾用に作ってないから、もうしばらくすると容器が破損して、起爆スイッチ押さなくても自然に爆発するというとんでもない情報が。
 というわけでバットマンは大急ぎで、地下に閉じ込められた警官隊を解放し、三ヶ月監禁されていたはずなのに何故か大変元気な警官隊を引き連れ、ベインともっかい殴り合ってKOするも、実は勝間和代が黒幕ということが判明し、その後、ゴードンが大活躍したり、核爆弾搭載のトラクターにガンガンミサイルをぶち込むというアメリカ人らしい雑な戦法で、見事核爆弾を奪還。しかしタイマーを観たら残り時間はあと五分。容器がそろそろ持たないのでは? という話だったはずなのに、何でご丁寧にタイマーついてて、分刻みで起爆までの時間が把握できるんだよと思わないことも無いが、タイマーがついていたほうが盛り上がるのだから仕方あるまい。
 このままではゴッサムが消滅してしまうと、仲間達が絶望に沈む中、バットマンが新型オスプレイで核爆弾を湾岸まで運ぶという自己犠牲宣言。一見尊い発言にも思えるが、そもそも、核融合炉なんて造ったこいつが全ての元凶だしな! 単なるマッチポンプだ! 核爆弾さえ無ければベインなんて軍隊出して二秒で倒せたし!
 しかし、そんなバットマンの発言にほだされたのか、ゴードン刑事は「君こそヒーローだ。君のような偉大な男の正体をみんな知りたがるだろう」とのたまうと、バットマン、それを受けて「ヒーローはどこにでもいる。目の前の子どもの肩に上着をかけてやり、『世界は終わらないよ』と優しく励ましてあげる。そういう男こそが、ヒーローなんだ」という名台詞を炸裂。上映時間が162分もあって、途中どんなにグダグダになっても、最後にそれらしい名台詞をつけたせば、名作になるんだ!
 そして、ゴードンはそれを聞いて、遥か昔のことを思い出す。そう、バットマンが残した言葉は、かつて自分が強盗に両親を殺されたウェイン少年に投げかけた台詞。まさかバットマンの正体は…………。
 公開直後の感想で、本作はラスト付近に大きなサプライズがあると聞いていたが、これだったのか!
 まさかゴードンがバットマンの正体に気づいてなかったとは思いもしなかった! さすがノーラン、とんでもないサプライズだ!
 そして、バットマンが時間が無いってのに、お約束だからとキャットウーマンとキスを交わした後に、オスプレイで沖の安全っぽいところまで爆弾を運んだところで、爆弾がどっかーん。ラーイーヤーラライヨラ 空に見事なキノコの雲。
 で、それから、ある登場人物の本名がロビンだと明かされたり、死んだと思ったバットマンは実は脱出して生きていたんだよ、とちょっとしたエピローグをつけくわえて、ノーラン版バットマン三部作、これにて完結であります。
 ありがとうブルース・ウェイン! ありがとうダークナイト! 次回はJLAで会えたらいいね!


 
・感想
 色々思うところはある。特に脚本のツッコミどころは数多く、具体的にはこのエントリー参照
 とは言えど、細かい脚本の矛盾点を映像や音楽の力で塗りつぶせるのが優れた映画である。設定や展開に瑕疵があるサマーウォーズや本作が持ち上げられる一方、アマルフィがネタ映画扱いされてしまったのは、やはり映像の力の差なのかもしれない。
 『時をかける少女』だって、「あれ? その理論だったら無限にタイムリープできんじゃね?」と疑問に思っても、真琴が「行っけえええええ!」と叫んでジャンプした瞬間、奥華子の歌が流れて、あの映像を観せられたらもう名作と呼ぶしかないじゃない。そういうものだ。
 だから同じ理由で『ダークナイト ライジング』もそれなりに楽しく観られたし、名作と呼ぶ人が多いのも納得がいく。
 だが、俺がどうしても気に入らないのは『ダークナイト』の続編である本作が、テロの解決手段を単純なヒーローの活躍で片付けてしまったという点である。
 アメリカンコミックスで、9.11のテロ事件を扱ったものに"the Amazing Spider-Man #36"というものがある。
 本作で、グラウンドゼロの現場を訪れたスパイダーマンは次のような嘆きを見せる。

 僕は…何と言えばいい? 知る由もない。想像すらできない。
 それは狂人だけが思いつき…実行できること。旅客機を利用するなんて…。
 正常な世界は、狂人の前ではもろくも崩れ去る。
 僕たちは決して彼らの世界を理解することができない。

 
 このエピソードでは、こうした事態にも挫けることなく、不屈の意志と共により良い世界を目指す我々みんながヒーローなんだと言って締めた。
 ちなみにこのエピソードは邦訳もされて、新潮から出たムックに掲載されていたが、そのムックが今ではプレミア価格がついて約7000円。これだからアメコミは嫌なんだよ! 買うと高いし、買わないともっと高くなる!

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 それはそれとして、スパイディのいうとおり、手段を選ばない突発的な暴力に対してはヒーローと言えど立ち向かうのは難しい。
 だからといって、ヒーローがテロには勝てない無力な存在であるということはない。
 全身タイツのスーパーヒーローたちはそれに見合った相応しい相手がいる。同じく全身タイツで身を包んだの超人や邪悪な科学者、地球を侵略にやってきた宇宙人その他色々。戦うべき相手には事欠かない。わざわざテロとの戦いを描く必要なんてないじゃないか。
 にもかかわらず、テロとの戦いにヒーローを持ち出そうとするならば、それ相応の覚悟が求められる。
 そして、その覚悟を見せた映画が『ダークナイト』であった。
 正常な世界を崩そうとする狂人に対して、バットマンは終始翻弄され続ける。
 それでも、バットマンはジョーカーを捕らえるため、最後にはゴッサム中の通信機器を盗聴するCIA的な手段を敢行する。それはヒーローとしての一線を越える行為であり、信頼する仲間のフォックスからも、「そのようなことをするなら私は会社から出て行きます」とまで言われるほどだ。そこにはテロリズムと戦うことの困難さが明確に描かれている。また、ただヒーローに焦点を当てるばかりでなく、船に爆弾が積まれたと知らされた乗客の姿を描く事で、テロと向かいあう市民の勇敢な姿までもを描いて見せた。
 今の時代にテロとの戦いを描くというのは、ここまでしなければならないのだ。
 余談ではあるが、『キングダム・カム』というDCユニバースのヒーロー総出演の番外編において、バットマンは街中に監視カメラを仕掛け、犯罪が発生するや否や警備ロボットが出動して犯罪者をとっ捕まえる超監視警察社会をゴッサム内に作り上げた! これでテロへの備えも万全だ! 凄いぞバットマン! 糞野郎だなバットマン
 他にも『キングダム・カム』では、スーパーマンの恋人、ロイス・レーンが、ジョーカーに殺されるという事件が発生。そのジョーカーを若きヒーロー、マゴッグが殺害。「お前ヒーローが何やってんだよ!」と憤慨するスーパーマンだが、社会はマゴッグの判断を断然支持。世論に絶望したスーパーマンは、北極にある孤独の要塞に引き篭もるというエピソードが描かれている。「ヒーローが悪人をぶっ殺さないってのはどうなのよ?」という問題提起はコミックの中では結構前からそれなりにあったのよ。
 閑話休題
 とにかく9.11の後の世界でテロリズムを扱う以上、悪いヴィランをヒーローがかっこよく倒しておしまいでは許されないのだ。『ダークナイト』はそのような事実を観客に伝えることに成功した作品だった…………と思ったら続編がこれだよ!
 『ダークナイト ライジング』の中盤で、ベインが講じた計画は完璧であった。
 バットマンは退場、警官隊は監禁、核爆弾を詰んだトラクターは街を走り続ける。
 ゴッサムは完全にベインの手によって支配された。
 にもかかわらず、レインボーマンばりに修行を積んだインド帰りのスーパーヒーロー・バットマンが帰ってくるや否や、彼らの計画は即座に崩壊する。
 面白メカに乗ったバットマンキャットウーマン、生身の身体で大ハッスルのゴードン刑事によって、核爆弾はあっさり取り返される。
 起爆スイッチに、理不尽な時限装置と、わざわざ二重の爆破態勢を整えるのだから、衝撃を与えると爆発する程度のシステムだって準備できるだろ。街中で爆発させるのが目的ならあんなミサイルガンガンぶちこまれても頑丈な爆弾作ってんじゃねえよ。と思うのだが、それを言っても仕方あるまい。
 とにかく、核爆弾を持ったテロリストによる都市の支配という前作以上にスケールの大きな物語を書きながらも、核の恐怖に支配されたゴッサムの人々の姿や、絶望的な状況下でも諦めない市民の克己心みたいな部分には特に焦点が当てられず、スーパーヒーローたちによるハリウッド的大活躍であっさり事件は解決してしまう。それじゃ、がっかりしちゃうという話ではある。
 正義の味方VS悪者という単純な構図がダメなわけじゃない。
 相手が宇宙人や天才マッドサイエンティストならば、悪い敵をかっこいいヒーローが倒しました。めでたし、めでたし。で済ませても全然かまわない。むしろ望むところである。
 だが、そこでテロリズムという実在の題材を扱うならば話は別だ。
 コミックやスクリーンの中だけではなく、現実にも存在する脅威を相手に選んでしまった以上、そこで映し出される内容には現実社会においても通用する強度が求められるという話である。
 そして、それを実行してみせた『ダークナイト』の続編が、これじゃあ物足りないじゃないか。


 ・結論
 とまあ、ダラダラと書いてしまったが、映画の中でテロをどう描くべきかなんて問いに正解があるはずもなく、結局は好みの問題でしかない。
 エロゲーをやって、「なんで結婚式のシーンがあるのに、ウェディングドレス姿でヤってるシーンが無いんだよ! 式の直前での花嫁とのファックはお約束だろ馬鹿!」と高々と主張するようなもんであり、それに対する的確なアンサーは「貴様の性的嗜好など知るか」だろう。あるいは「文句があるならお前が作れ」
 お前がいま感じている感情は精神的疾患の一種であり、お前が持ってる問題意識はお前だけのものだから、解決したかったら自分の手でどうにかしろ。まったくだ。
 だからこそ、いい加減blogで管を巻いてばかりじゃいられないとも思うのだが、その一方で世界中に向けて野放図に好き勝手言えるのがblogという分野の素晴らしさなので、個人的な不満をぶちまけてみた。
 何はともあれ、もうすぐ公開される『アベンジャーズ』はこういう面倒くさいことを考えずに素直に楽しめそうなので、今から待ち遠しいです、まる。