池上永一の『テンペスト』は凄いよ! 面白いよ!

 本を紹介するので、なるべくキャッチーなタイトルにしてやるぜ! と考えたのに、カタツムリに人参やキャベツを食べさせて、「カタツムリって食べた物の色と同じ色のウンチをするんだ! 凄い! 面白い!」みたいな小学校低学年っぽい感じになったので、自分でもどうしようかと思った。
 本題に入りますが、皆さんは池上永一の『テンペスト』を読みましたか?
 何だって!? まだ読んでない。
 それは羨ましい。
 つまり、貴方はまだ『テンペスト』を読むという楽しみを人生に残しているのだ!



 …………いや、こういうのはいらないな。多分読んだ人が検索で来るっていうパターンの方が多いはずだし。
 池上永一の『テンペスト』は傑作である。ただ、傑作であるとだけ言ってても何も伝わらないと思うので、ちんたら語っていく。
 物語の舞台となっているのは、幕末の琉球王朝
 正直な話、この時点では、それほど世間の興味を引くということはないと思う。
 だって、沖縄って、ローカルでスケールも大きくないし、歴史的には地味じゃない。
 ましてや、時は幕末、時代の変わり目を迎えて、日本全体が大いに騒がしくなっている時期なのに、そんな日本の端っこの話なんて、どうでもいいじゃない。日本史でも大した扱いしてなかったし。
 そう思うかもしれないが、違うのだ。
 当時の琉球は、決して日本の一部ではなく、小国ながらも立派な独立国。
 今、沖縄が日本の一部であることは周知のように、我々はこの国が、そう遠くない将来日本に吸収される事を知っている。つまり、この物語は決して日本の一部のローカルな話などではなく、一つの王国の衰亡を描いた壮大なドラマなのである!
 大国の間で揺れ惑う小国という舞台背景の時点で、充分ドラマチックなのに、それに物語の本筋が、それ以上に魅力的なのだ。
 主人公の真鶴は幼き頃から、語学堪能で弁も立つ神童。真鶴の父親は、訳あって自分の子供を何としてでも役人にしたかった。ところが、嘆かわしいことに真鶴は女だったのだ。
 当時の世では、女性は男性よりも一段劣ったものと見なされて、役人になるための試験すら受けられない。
 父は真鶴の兄である嗣勇を役人にしようとするも、皮肉な事に、跡取り息子の嗣勇には学問の才能が無く、終いには逃げ出してしまう。あと、内容とは関係ないけど、角川の特集ページの人物相関図に描かれてる嗣勇の顔はブチャラティに似てる。
 あんな奴捕まえて、殺してやるといきり立つ父親に向かって、真鶴は言う。
 「私は男になります。男子として父上の期待に応えてみせます!」
 かくして、真鶴は、自分の性も名前も捨て、伸ばした髪も切り落とし、女だとばれないように宦官を名乗り、孫寧温として、新たな人生を歩み始める。
 孫寧温となった、紆余曲折を経て、どうにか王宮の内部に入り込み、膨大な借金を抱える王国の財政再建を行う為に、橋下府知事ばりの予算カットを実行。さらには役人の不正を暴き、王宮内に敵を大勢作り出す。
 かくして、宦官として、八面六臂の活躍をする寧温だが、ある時偶然出会った、薩摩藩の成年士族浅倉雅弘の存在に、捨てたはずの女心が動かされる。一方、王府内では、寧温の正体に気づきだすものが現われ…………。 
 と、これだけで充分一つの物語に成りうるのだけど、これでまだ話全体の四分の一。
 原稿用紙1800枚分もあるだけのことはある。そして、恐ろしい事にこれほどのボリュームがありながら、話の内容が全くダレないのである。
 男でありながら、女としての顔も持つ寧温の物語は普通の話の二倍の密度を持っているし、話が進むにつれて、寧温を運命はますます過酷になり、また、琉球王朝の物語としても、現実の歴史に合わせて、ペリーが来航したりとイベント盛りだくさんで、嵐の如く一難さってまた一難。決して、読者を飽きさせようとしないのだ。
 そして、その物語を支えるのが、個性的なキャラクターの数々。
 王国の神事を取り扱う、宗教のトップに立ちながらも、傲慢で、直情的で、見栄っ張りで、目的の為には平気で人が殺せるし、如何に他人を不幸な目に追い落とすかばかりを考えているという最悪な性格の持ち主、聞得大君
 寧温と違い、正真正銘去勢された宦官にも関わらず、独自の技で、紫禁城の女性をガンガン落としまくり、中国から追放された、超ド級の変態宦官、徐丁垓。
 一見、世間知らずの天然お嬢様だが、寧温にも決して劣らない知性と機転と愛嬌で、お嬢様爆弾という逆転の秘策を生み出す真美那。後半の茶碗のエピソードは、いかにもお嬢様がやりそうな行動でありながら、その実、本当に漢らしかったりする。
 沈み行く琉球王朝という舞台を、これらのキャラクターで掻き乱し、さらには勢いのある文体に、物語の合間合間に、「八・八・八・六」という独特のリズムを持つ琉歌などの、琉球独自の文化を織り交ぜて描かれる。
 あまり一般には馴染みが無い舞台の為に、誰が読んでも平等に楽しめるし、そんな馴染みの無い琉球を舞台に誰が読んでも面白い物語を描き出した池上永一はやっぱり凄いので、タイトルに書いたように、『テンペスト』は凄くて面白いのだ。
 小難しい話や、文学的テーマなんかはどうでもいいから、とにかく純粋に面白い物語が読みたいという人には『テンペスト』間違いなくお勧めです。騙されたと思って、上巻だけでも手に取ってみるよろし。
 あと、公式ページでも最初の一章が丸々読めるです。
 テンペスト | 池上永一

テンペスト 上 若夏の巻

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テンペスト 下 花風の巻

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