アメリカン・スナイパーとこち亀、あるいは秋本治はイーストウッドを超えたという話。

 そんなわけで今話題の映画、『アメリカン・スナイパー』通称アメスパを見てきたわけですよ。マーヴルアベンジャーズ戦略によって2で打ち切られちゃったけど、戦闘中のスパイディのへらず口っぷりや軽薄さは原作っぽくて良かったと思うんですよ。ただ、蜘蛛に噛まれて能力ゲットした直後にスケボーで延々と遊んでいるシーン見て、「コーラのCMっぽいな……」って思ったのも事実ですが。とりあえず新しいシリーズが作られる場合は、また蜘蛛に噛まれてスーパーパワーを手に入れてベンおじさんが強盗に殺されて、大いなる力には〜という教訓を得る一連の流れをもっかい見せられるんだろうかと考えると今の時点でかったるさを感じずにいられませんが、それでも他のヒーローとの共演が見られると思うとやっぱり嬉しいですね。
 話を元に戻して『アメリカン・スナイパー』の話をするんですけど、当然ネタバレがあるので、見てない人は回れ右した方が良いんじゃないかな。
 で、僕は映画や小説を見たり読んだりする場合は、なるべく前知識を入れずノー偏見で見た方が楽しめると思うタイプなんですが、最近は話の筋が複雑になると、脳内のメモリが人間関係の整理でいっぱいいっぱいになってしまうし、特に洋画だと誰が誰だかわからなくなったりすることも多いので、ある程度は事前情報を仕入れた方が素直に楽しめるんじゃないかなって思い始めてるんですけど、どうなんですかね。いやそんな話はどうでもよくて、まあ、とりあえず監督がイーストウッドで、前評判が結構良い感じで、タイトルから察するにアメリカ人のスナイパーの話だろうって程度の情報を仕入れて観に行ったら、ラストでびっくりして、それから葬儀の様子を随分丁寧に撮るなあ。と思ったら、エンドクレジットの最後の方に「クリス・カイル・ファウンデーション」みたいなマークが流れて、「えっ、もしかして、これ実話!?」って驚いたわけですよ。
 この件でふと思ったのが、歴史ドラマを見てる人たちが「坂本竜馬って中岡慎太郎寺田屋で暗殺されちゃうんだよね」「ひどいネタバレされたー」みたいな会話をするっていう笑い話をネットでたまに見かけるのですが、やっぱ僕がこの映画見る前に「主人公死んじゃうよ」って言われたら「ネタバレするんじゃねえよ!」って憤った可能性が高かったと思うし、しかし、その手の話題に関心のある人は知っていて当然だろうし、ましてやアメリカ人ではもっと常識になっていると思われるので、ネタバレの扱いって本当に難しいですよね。
 本作はアメリカ国内で「戦争賛美」と言われたり「反米映画」と言われたりと評価が真っ二つに割れているというのを、たまむすびで町山智浩が言っているというのを、ここの書き起こしで見たんですが、個人的に気になったところとして、

町山智浩イラクアメリカ軍が入って、侵攻しましたけども、その時に自爆テロをしようとして、爆弾を持った女の人が出てきたんですけど、その人を射殺してるんですよ。
赤江珠緒)うーん・・・
町山智浩)最初に殺したのが女の人なんで、もう、これ英雄って言えるの?って問題になってくるんですね。
赤江珠緒)たしかにね。

って会話があって、いや、そこで女を殺したから英雄じゃないっていうのはなかなかキテやがるなって思ったんですけど、どうなんですかね?
 いや、そりゃ無抵抗の女性を一方的に射殺したならそりゃどうよって話ですけど、これ射殺された女性、爆弾持ってるわけじゃないですか。それをほっといたら味方が大量に死ぬわけで。それでも女性を射つのはよろしくないって言うのかもしれないですけど、だって仮に射殺したのが男性だったら、「ブラボー!」とか「彼こそがこの国のヒーローだ!」って見かたになってしまうんでしょ。それはそれで気色悪いなと思うんですが、どうなんですかね。
 ほら、だって、昔の偉い人もこんなことを言ってましたし↓

 で、アメリカ国内で評価が真っ二つって話で、これが純然たるフィクションだとすると評価が割れるのもわからない気もしないんですけど、これ実話で実際にモデルがいる話じゃないですか。愛国心に燃えイラクで百人以上殺した伝説的スナイパーは、実際は度重なる派兵でどんどん精神の平衡を失って私生活もボロボロだったっていう、既に存在する英雄像に冷や水ぶっかけるように内容なんだからこれを戦争賛美って受け取るあたり、やっぱアメリカ人キテるなあと思ったりしたわけです。
 で、本作で一番の見どころともいえる、髭の生え方と太り方がスタパ齋藤に似ているクリス・カイルさんの壊れっぷりですが、戦地から帰ってくるたびにどんどんひどくなって、物音に過敏になったり、運転中バックミラーに写る車を無性に気にしてたり、バーベキューやってる最中じゃれついた犬が子供を押し倒したのを見て、慌てて犬を殺そうとしたりとかなりキテるわけで、「戦争は人間の心を荒ませるね。やっぱり平和が一番だね」っていう小学生並みの感想を抱いたわけですが、無音のエンドクレジットを眺めている時にふと気づいたんですよ。
「これってこち亀ボルボ西郷じゃん……!」
 そう、強面な外見に元軍人という経歴でありながらも、物音に過剰に反応して、背中に立たれただけで発砲し、常に銃が手元にないと不安で仕方がない危険な男、ボルボ西郷。クリス・カイルはまさしく彼なんですよ。
 クリント・イーストウッドが2014年に深刻な社会問題として描いた兵士の姿を、秋本治は1987年の時点で描いていたわけです。それも痛烈なギャグとして!
 秋本治先生と言えば、エアガンやモデルガンのコレクションを持つガンマニアとしても知られていますが、この時期の秋本先生はサバイバルゲームにはまっており、おそらくゲーム内での経験がボルボのようなキャラを生み出したのでしょう。ベトナム帰還兵の資料を読み込んでPTSDの情報を調べた上でボルボというキャラに昇華した可能性もありますが、深刻な社会問題をギャグとして処理したというならそれはそれで凄いでしょう。いや、元々はゴルゴ13のパロディじゃんとかそういう話はいったん置いとこう、な。
 ともあれ、このボルボ西郷というキャラクターは現実のクリス・カイルを遥かに先取りしており、秋本治はわずかなサバイバルゲームの経験だけで、イラク戦争がもたらす悲劇を予見していたと言っても過言ではないのです!
 こち亀イーストウッドと言えば、第一巻の第一話でダーティハリーに影響された中川がS&W M29でライトバンを吹っ飛ばしていますが、そのシーンから約30年。イーストウッドが『アメリカン・スナイパー』を撮ったことによって、こち亀クリント・イーストウッドを超えていたことが証明されたわけです。
 だからみんなも海外の話題作ばっかりみないで、日本の伝統であるこち亀も読もうな!…………って感じで〆てその後アフィリエイトリンクを1巻から最新刊の194巻までズラッと並べたら面白いかなあって思ったんですけど、途中でめんどくさくなってやめました。
 けど、こち亀は面白いから皆読もうな。ジャンプで読んでるけど、あんま面白くないって思っている人はちゃんと最初の方から読もう! 絵柄が古くてちょっとって人は50巻あたりから読もう! 少なくとも寿司屋が前面に押し出されるまでは文句なしにオススメだよ、うん。