なぜ『エースの系譜』は売れなかったのか

 『エースの系譜』とだけ聞いて、「何じゃそりゃ?」と思った人も少なくないであろう。一応説明しておくと『エースの系譜』とは『もしドラ』の爆発的ヒットで有名なハックル氏による二作目の小説である。
 ちなみにタイトルは釣りで言うほど売れてないわけではない。 
 というのも先日、本屋で『エースの系譜』を目にして「どれくらい売れてんのかね?」と奥付を見たら初版止まりであり、ほっと胸を撫で下ろしたのだが、ハックル日記によれば、『エースの系譜』は初版で三万部も刷られているそうである。
 出版不況と嘆かれる昨今、文芸書などは一万部売れれば御の字とされる状況下である。だとしたら三万部も刷っている本書が重版されていないからといって売れてないと考えるのは先走りである。早合点してはならない。
 そんなことを思っていたら作者であるハックル氏がこのエントリでこのようなことを書いていた。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129 

 あるいは、yaneuraoさんは、「『もしドラ』には、上記3つのネガティブ要素を補ってあまりある何かがあったから250万部増刷した」と言うだろうか? しかし、本において「表紙とタイトルだけで売れた」「アイデアはいいけど内容がない」「文章が下手」というネガティブ要素を、1年半、250万部も増刷するほどに補える何かというのは、この世に存在するのだろうか? あると言うなら、それはちっとも合理的な説明ではない。それは、ちっとも現実的な説明ではない。
従って、合理的、現実的に考えるなら、「表紙とタイトルだけで売れた」「アイデアはいいけど内容がない」「文章が下手」という評価こそが、実はマイノリティで、ネットには、たまたまそういう人たちが蝟集しているだけのことなのだ。ネットの酷評は、それで全部なのである。『もしドラ』を良く思わなかった人たちの全員がそこに集合していて、それはだいたい160人くらい(Amazonの星1と星2を足した数)なのだ。
 つまりその160人、割合にして言うと2,700,000分の160が、「読解力が不足している」人たちである。だからこそ、Amazonでいかに酷評されようとも、あるいはyaneuraoさんのエントリーにそういう方々が蝟集し、だれ一人yaneuraoさんに反論せずとも、『もしドラ』は読まれ続けているのだ。それは、そう考えてみると実に真っ当な道理であり、合理的で、しかも現実的な説明だ。

 『もしドラ』の売れ行きの凄まじさを作者自らが雄弁に語っており、大変結構なことである。だが、この文章を読んだ後で一つの疑問が生まれる。
 「なぜ『もしドラ』を高く評価している2,699,840人の読者は『エースの系譜』を買っていないのか?」
 うん、仮に『もしドラ』を高く評価している人たちの十割とは言わない、せめてその一割だけでも購入してくれればそれだけで20万部を超す大ヒットである。
 にもかかわらず、『エースの系譜』がそれだけ売れたという話は聞かない。ならば、『もしドラ』の読者はどうして『エースの系譜』を買おうとしないのか? 彼らはネットで批判してる人たちとは違って、読解力に恵まれており、『もしドラ』を読んで「表紙とタイトルだけ」の作品ではなく、「アイデアはいいけど内容」も優れていると考え「文章が」上手であると思っているはずなのに!
 本エントリはそれについて「合理的で、しかも現実的な説明」をつけようとするものなのだが、ここで一つの問題が生じる。
 それはこのエントリを書いている私がもしドラ』も『エースの系譜』も一切読んでいないことである。
「いや、流石にその状態で売れない理由とか書くのは無理だろ」
「お前がやろうとしてることはただのイチャモンでしょ」
「この手のエントリはせめて読んでから書けよ」
「そんなにハックルさんが羨ましいの?」
「またアクセス稼ぎかよ」
 多くの読者はこう思われるだろう。
 だが、待って欲しい。上のエントリでハックル氏はこのようなことを書いている。

 書店員にとってだいじなのは、顧客にあれこれと聞いてみることではない。顧客の心に寄り添って、その欲しているものを「見抜く」、あるいは「分かる」ことである。それを尋ねるのではなく、想像し、慮ることだ。
 それは、武道の達人が構えを見たただけで相手の弱点を見抜くようなものだ。東洋医学の名医が、立ち姿を見ただけで、その人の患部を言い当てるようなものだ。
 そうしてそこでは、言葉はかえって余計なのである。なぜなら、言葉には夾雑物が混じる。本音ではなく建て前が混入する。書店員がみなみに質問しないのは、それをすることによってかえって自らの判断を誤らせるのを回避しようとしているからだ。だから、質問をしないままに『マネジメント』を差し出したのである。それは、彼女がベストを尽くした結果なのだ。
 「これを理解しろという方が無理」と、おそらくyaneuraoさんは言うだろう。しかしながら、世の中にはそのことを理解する人が、かなりの数いるのである。

 全くその通りである。私もハックル氏が言わんとしていることをよく理解できる。
 上の文章に書かれていることを要約すると、「本が売れない理由を語るのに内容を読む必要などない」ということになる。中身の文章などかえって余計で夾雑物が混じっているのだ。
 「武道の達人が構えを見たただけで相手の弱点を見抜くよう」に、私ほどの人間になると本の内容など読まなくても、本が売れない理由を言い当てることができるのである。
 えっへん。
 さて、実物を読んでいないという本エントリの最大の欠点を上手くごまかせたので、本題に入ることにしよう。

1. タイトルが悪い
 名は体を現すという言葉があるように、本にとってタイトルは命である。それ一つで売り上げが決まってしまうと言っても過言ではない。
 だからこそ作家や出版社に勤める編集者達は日々額に汗を流しながら、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『僕は友達が少ない』『モテモテな僕は世界まで救っちゃうんだぜ(泣)』『淫乱団地妻昼下がりの情事4 〜生協職員を襲う超絶フェラ60分〜』などというタイトルを捻り出すのだ。
 それぐらいタイトルとは重要なのである。そして、優れたタイトルというものは一目で作品の内容を表すものだ。
 たとえば『空手バカ一代』というタイトルを見れば、「バカが空手をする一代記なんだろうなあ」とわかるだろうし、『巨人の星』というタイトルを見れば、「ジェイムズ・P・ホーガンの『巨人たちの星』のパロディなんだろうなあ」と察することができるのである。
 そういう意味で、氏の前作である『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』は素晴らしいタイトルである。見ただけ内容の八割がわかる。
 このタイトルを見て、「死刑制度の是非について熱く論じているに違いない」「サッカー部を舞台にした青春ラブストーリーかな?」と勘違いする人は現れず、どのようなボンクラでも「高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読むんだろうなあ」ぐらいの推測は可能であろう。
 翻って、二作目である『エースの系譜』。
 うん、いったいどんな話なのか想像がつかない。いったい、このエースとは何のエースなのか?
 トランプの話かもしれないし、戦闘機乗りの話かもしれないし、もしかすると新宿にある小田急エースの話なのかもしれない。
 その正体の掴めないエースでさらに系譜である。
 一体これはどんな話なのか?
 タイトルだけでは内容が掴めない。これは大きなマイナス要因である。


2. 表紙が悪い
 表紙はズバリ本の顔である。
 人は見た目が九割というように、本も表紙が九割。表紙が悪かったばかりに涙を飲んだ名作は数多くあるし、表紙だけが良いクソみたいな本をつかまされたという読者も星の数ほどいる。
 しかし、別に表紙が悪いとは言っても、イラストが悪いわけではない。
 『エースの系譜』のイラストは『さよなら絶望先生』などで有名な人気漫画家・久米田康治が手がけている。そして、この人気漫画家というのが曲者である。
 週刊連載を持っている久米田康治が、普段本の表紙を担当することはめったにない。だからこそ、何も知らない読者がこの本を書店で見た場合、「久米田康治がまた漫画の新刊出したのか」と勘違いするだろうし、久米田康治ファンが手にとったとしても「何だ漫画じゃなくて小説じゃないか」と思ってそのまますぐ本を棚に戻してしまうだろう。有名漫画家を使ったことで本書は却って敬遠されることになってしまったのである。
 ここは漫画家ではなく、有名イラストレーターを起用するべきだった。具体的には中村佑介とか。そうすりゃ本屋大賞とかもあっさり取ったんじゃねえの? 内容はともかく、とりあえず中村佑介にしとけば売れる世の中なのだ。

3. 発売時期が悪い
 『エースの系譜』の発売日は今年の3月17日。三歩歩けば親の仇も忘れる皆様はもうお忘れかもしれないが、この本は震災から一週間も経ってない時期に発売されたのである。
「スーパーに行っても水も食い物もトイレットペーパーも売ってねえのに、尻拭く紙にもなりゃしねえハックルの本なんか買ってられっかよ!」
 と世間の方々が思っていたかどうかはわからないが、皆自分達の身の回りで精一杯で小説の新刊を読んでいるどころではなかったし、時期が時期だけにプロモーションを展開させるのも難しかっただろう。これに関してはハックル氏に同情できる面もある。
 同じく今年の3月に発売された、高野和明の『ジェノサイド』が直木賞候補になったことや本の雑誌で1位を取ったこともあって、ここ最近で売り上げを伸ばし8刷で11万部を突破したそうだが、私が6月初頭に書店で買ったときはまだ初版のままであった。
 まともにデータを取ったわけではないので、正確なことは言えないのだが、この時期に発売した本は全体的にあまり売れなかったのではないだろうか?

ジェノサイド

ジェノサイド

↑『エースの系譜』は読んでないけど、『エースの系譜』の7万倍ぐらい面白いと思うよ!

■結論
 このように、『エースの系譜』には多くの売れない要素があることが判明した。だから『もしドラ』ほどヒットしなかったのも仕方ないのだ。
 けっして、『もしドラ』を買った内の読解力のある2,699,840人の読者が「ブームに踊らされてつい買ってしまったけど、大して面白くないし、内容もスッカスカだったので、次に本屋でこいつの名前を見かけても無視しよう」とハックル氏を見限ったわけではないのだ。
 また、私の説明に納得いかない人も多いと思われる。
 だが、それは当然である。実は上には挙げなかったが、『エースの系譜』が売れなかった決定的にして、誰もが納得できる理由があるのである。
 出版や流通関係にお勤めの方だったら気づけるかもしれないが、一般の方々が気づくのはおそらく不可能であろう。
 さて、それで気になるその理由だが、それはこのエントリーが1000ブクマ行ったら発表させていただくことにしよう。それでは皆様ごきげんよう