『ラブプラス』の耐えられない重さ

 毎日ぽけーっと『ラブプラス』の話題ばっかり眺めてるボクの脳内では「みんな楽しそうでいいなー」と素直に思ってるわたくしと、「ファック! あんなもんは恋人じゃねえ! ただのゲームだ! お前らみたいなキモオタはコンマイに騙されて搾取されて死ね!」と罵ってるボク様ちゃんがいまして、実際の俺自身を客観的に眺めますと、「DSを持ってないから買ってないけど、もしDS持ってたら、発売日に買って毎日凛子とチュッチュしてんだろうなぁ」と感じてる所存であります。つまりは、『ラブプラス』のためだけにDSを買う経済力が無いのが問題だ! 死のう!



 あっ、明日はジャンプの発売日だ。もうちょっと生きよう。
 まぁ、発売してから一週間ほど経っていますが、現状結局買っておらず、せっかくなので『ラブプラス』に興味を持っていながらも、思い留まっている人間の意見を書いておきたい。
 いや、だからですね。『ラブプラス』の中の娘っ子たちは皆可愛らしいし、声優も豪華。3Dの微妙なグラフィックを合間合間に2D画像を挟むことでうまいこと誤魔化たり、リアルタイムで色々リアクションしてくれるし、選んだ選択肢によって、性格やスタイルもプレイヤー好みに変わってくるってんで、そりゃゲームとしては素晴らしいけどね、彼女とは違うでしょ。同じ文面のメールを何度も送ってくる、チューリング・テストに二秒で引っかかりそうな女なんて嫌ですよ、ボクは。
 だいたい、彼女って言っても「お前の彼女、違う奴のDSでもちゅっちゅしてたぞ。とんだ売女じゃないか」って話ですよ。「何を言ってるんだ、皆口裕子の声で淫乱の売女って逆に最高じゃね?」「淫乱な皆口裕子……ゴクリ」
 ……違う。違うんだ、ボクはこんな話がしたいんじゃないんだ、ダメだ。ボクが思ってることがボクにすら伝わりゃしない。もうダメだ! 明日のジャンプはワンピースが休載だ! 死のう!



 そうだ、先日実家からいらなくなった電気ストーブが送られてきたので、冬まで生きよう。
 ボクが上で書いてるような薄っぺらい『ラブプラス』批判なんて、実際にプレイしてる人間の「けど、これめちゃくちゃ楽しいよ」という意見には全くの無意味だ。ボクの空疎な意見なんて現実にはもちろん、ゲームの中の女の子にすら勝てっこない。だから話を変える。
 さて、一時、一部の界隈で話題になった『未来にキスを』という18禁ゲームがある。
 みさくらなんこつが原画で、ゲーム開始数分で従妹の女の子が「お兄ちゃん、ボクのこと、奴隷にして?」みたいな脳みそに蛆が湧いたとしか思えないような発言をするお手軽調教ゲーかと思わせて、プレイを進めていって、気がつけば「真に理想的なコミュニケーションとは何か」みたいなことを真剣に論じていたというとんでもないゲームだった。
 もうちょい、詳しく知りたい人は、こちらを読んでいただきたい。
http://www.hirokiazuma.com/archives/000443.html

 さて、このゲームのラスト近くで、ヒロインの式子(言動があまりに理屈っぽいためプレイしていて殺意が湧いた)が言うわけです。

「わたしたちはもう、相手を見ていない」
「見ているのはただ、自分たちの中にある……何て言ったらいいかな、そう、『属性』に過ぎないのね」
「自分の中に『属性』があらかじめあって、それを目の前の人間にあてはめて見てるだけなの」
「わたしたちは自分の中の属性を見て、属性を相手に会話をしてる」
「外的世界を内的世界に取り込んでるっていうか……逆に内的世界を外的世界に敷衍してるっていうか……」
「何て言ったらいいのかな。ええと……」
「世界の読み替え? それとも認識の外界へのフィードバック? ……うん、そんな感じ」
「わたしたちは今……最前線にいるの。そこから、新しい歴史に足を踏み入れようとしてるの」
「そう、わたしたちが立ってる場所……ここを境目にしてね、歴史は変わる」
「わたしたちは進化しようとしてるの。『社会性』を克服してね」
「今まで人類を支配してきた最悪の檻を抜け出して、自分だけの檻に入るの」
「存在を存在として認識せずに、非存在への愛を存在に対して注ぐ」
「そういうものに、わたしたちは今なろうとしてるの」
「旧い人類が滅びて、わたしたちが生き残ったの」
「だから霞……笑っていいのよ?」
「ほんと、この先にはパラダイスがあるだけなんだから」
『パラダイス?』
「うん……それも、圧倒的なパラダイス」

そして、ラストでスタッフロールが流れた後、最後の最後に出てくる、あずまんもお勧めの独白というか、ポエムがこちら。

俺たちは今、現実と歴史が混じり合う場所に立っている
未来へのスタートラインに立っている
この先は、論理も何もない世界だ
文脈も物語もない
あるのはただ、ばらばらで、互いに関連づけられていない
存在しないものたちだけ
その世界に、人間なんていない
彼らは、もう滅び去ってしまった
俺たちもまた、もう人間ではない何かへと変化してしまった
そこは、欲望あふれる荒野だ
ただキャラクターがいて、ゲームがあるだけ
キャラクターたちがゲームを繰り広げる、この新しい世界
そんな世界へと、俺たちは今、足を踏み出そうとしている
そう
圧倒的な楽園に向けて

 この作品が発表されてから、8年ちょっとが経つ。
 核戦争もパンデミックも起こらず、無事未来にたどり着いたボクらが見たのは、携帯ゲーム機の中で、あらかじめプログラムされた言葉だけしか喋らない少女達と、それに自分の理想を投射してこれが俺の彼女だと言い張る幸せそうな男性達の姿。
 元長柾木の予言はみごと的中した。
 これが未来だ! 21世紀だ! なんかSFっぽい世界だ! 
 今この場所こそが圧倒的な楽園だ!
 しかし、俺はそんな楽園に中指を突き立てる。
 『ラブプラス』は現実なんかじゃなくて、ゲームに過ぎないという、紋切り型の否定はしたくない。システム的に、『ラブプラス』はリアルに近づこうとしている。
 多分、実際に『ラブプラス』をプレイしたらどつぼにはまるかもしれない。彼女がいる生活は魅力的だ。凛子の笑顔は眩しい。『ラブプラス』があれば、ゲームに飽きるまでは、笑顔の絶えない充実した生活を送れるのかもしれない。しかし、だがしかし、だからこそ、俺は『ラブプラス』を否定する。
 『ラブプラス』のキャラクターを本物の彼女と認識することは、多分そんなに難しいことじゃない。けど、俺が本当に耐えられないのは、俺の中の欠落や劣等感が『ラブプラス』なんていう大量に生産されているゲームであっさり埋まってしまうという可能性だ。俺の欠落が、2万円ちょっと払えば誰でも作れる彼女で埋まってしまうのならば、俺が長年抱え続けた屈託は一体何の意味があったのか。全て無駄だったと割り切って、便所にでも流せば良いのか。俺は己の欠落を2万円弱でKONAMIに売り渡したくはない。
 そう考えてしまえば、もう『ラブプラス』なんて怖くてできない。


「だけどさー、『ラブプラス』で埋まるだろうって自覚してるってことは、あんたが後生大事に抱えてる『欠落』なんてのは、元から糞の価値もなければ、何の意味もないってことッスよね? ここはキモオタらしく、食費削ってDS買って、薄汚いにやけ顔を晒しながらタッチペンで凛子とチュッチュして幸せ気分に浸っていればいいんじゃないッスか?」
「違う、逆なんだ。価値が無い欠落だからこそ、そこには価値のある物で埋めてやるべきで、そうして初めて俺が長年抱えてきた屑みたいな劣等感が意味を持ち始めるんだ」
「そいつぁグレート。で、具体的には?」
「…………愛かな?」



「ふーん、死ねば?」